甲冑マニアの制作日記

【鎧・兜鑑賞・甲冑好き・博物館巡り】が趣味の“ときた”と申します。

自分で自作甲冑を作り始めました。制作過程をブログにてアップ。仕事は絵本作家です(笑)
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名付けて「肉色変わり塗り」

みなさん、こんにちは〜。
今日は先日黒くぬった鉄板部品に、肉色を塗る作業です。
こういう作業は一度にやりたいので、まずはその他の部品を下地剤塗り→下地黒塗り、と進めます。



肉色というのは、まあ肌色なのですが、その作品ごとによってかなり違うのです。
で、私自身の肌色に合わせて、早速塗ってみたのですが・・・



あまりに生々しい! こういう形式の胴を、裸の仁王様に例えて「仁王胴」と言うのですが、私の肌色とすっかり同じ色調の肌色塗ってみたら、甲冑にすると色が明るすぎ。
これじゃ「妖怪具足ぬらりひょん胴」ですね〜。
というか、これ、私が警察官時代に何度か見た、ホトケ様の色です・・・。
さらに、塗装面を均一になめらかにするために、ペーパーヤスリをかけてみると・・・



下地に塗った黒が、薄く見えたり、色がはがれたように黒い部分が出てきたりして、不気味な幽玄さを醸し出し始めました・・・。

ここまで不気味だと、私が死んだ後、私のひ孫たちが気味悪がって、捨ててしまうかも知れません。いや、その前に、私が不在中に妻がお寺に持っていって供養処分するかも・・・

これじゃお祭りに出ても子供達が近寄ってくれませんので、「透(すき)」と言う半透明の合成漆を上から塗って、右のような色に。



この先どうなるのだろうか、取り返しの付かないコトになるのではないかとビビリながら、透きを掛ける作業を4回ほどやると、いい感じの飴色になりました。



合成漆は一度塗って乾燥したら表面にヤスリを掛けて色を塗りやすくして、また塗る、を繰り返します。
このとき、ペーパーヤスリを掛けると、表面を荒らすだけではなくて色まで剥がしてしまいがちですので、ペーパーよりもスポンジヤスリ(というのかな?)を掛けた方が良いみたいです。

本歌でも3〜5回は塗り重ねるようですから、あとから剥がれないようにするためにも、下地処理は大切ですね。

私のような、ちょっと下地の黒が見えるような変わり塗りにする場合、最初の黒を2回塗るのですが、その下の下地剤まで見えるほどヤスリを掛けないように、注意しましょう。

  ☆  ☆  ☆

この肉色変わり塗り、塗り方としてはとてもおもしろいのですが、このような塗りを甲冑に施している例はそう多くはありません。

宇都宮の二荒神社に丁髷の付いた兜があるのですが、この眉庇が肉色変わり塗りで、その色むらがまた何ともシブイのですよ。
社務所のロビーに置いてありますので、機会がありましたら是非ご覧下さいね。

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男のおしゃれは戦いで決まる

皆さんこんにちは〜。
今日は兜の内側で頭を守る「浮張」を作ります。
これはただ、ひたすら波縫いあるのみ!です。

一辺30センチ四方の丈夫な麻布を二枚、角を互い違いにずらして8角の星形にして、中心からぐるぐると縫っていきます。



はじめはゆるりと、縁に行くにしたがってわずかにテンションを掛けながら、布全体が半円形になるように縫い続けること約2日、ようやく頭の形になってきました。



そして要らない端っこをカットして、兜の眉庇の形に合わるために切り込めるよう、革の帯を縫いつけておきます。
単純作業ですが、根気が要りますね〜。



私ははじめからテンションかけすぎて、とんがり帽子になってしまったので、2度ほど作り直しました。

これがないと、頭部への打撃をもろに受け脳震盪を起こします。
兜の鉄板、特に頭頂部がじかに頭に触れないよう、この浮張を兜の内側に張るのです。



で、実は侍の頭は、この兜の構造と密接なかかわりがあるのですよ。

   ☆  ☆  ☆

平安末期頃には、武士の頭は、ポニーテールでした。
これは束ねた髪を上でまとめて、その上から烏帽子をかぶり、そして兜を被るのです。

なぜポニーテールになったかというと、この兜をかぶったときに固定する必要性があったからです。

昔の兜のてっぺんの穴は直径が5センチ前後もあるのですが、実は烏帽子に包まれた束ねた髪をここから外に出して、兜のぐらつきを止めていたのです。

だから、あんまり前傾姿勢になると、この穴から矢が飛び込んで危険なので、兜の穴は次第に小さくなりました。

室町時代あたりには、直径も2センチ前後になっていて、この穴が頭頂部にあることから神様が宿る部分と位置づけられると、その名も「八幡座」とよばれて、ポニーテールを出す穴から通気口へと役割を変えたのです。

このまま鉄板を被っていたのでは衝撃が吸収されないし、穴も通気口でしかなくなったことから、兜より一回り小さい布や革を内側に張って、兜と頭の間に空間を作って兜を浮かせる「浮張」が生まれました。
戦うときには、ポニーテールを解き髪を下ろします。

でも、今度は通気口が通気の役を妨げられて、武士の頭は蒸し風呂状態。
そこで頭を涼しくするため、ポニーテールは残して頭頂部の毛を抜きました。
こうすると、少しだけ頭が涼しくなるのです。
でも、毛を抜くのは大変です。中にはばい菌が入って頭が腫れて、兜がかぶれなくなると言う本末転倒な武士もいました。
これを見て、毛を抜くのではなく、毛を剃るように指示したのが織田信長公です。

この時代より、きちんとそり上がった月代(さかやき)は、いつでもいくさに応じることが出来る成人男性の象徴となったのです。

さて、ついでですので、ひげの話もさせてください。

戦国大名にあって江戸の大名にないのが、ヒゲです。
徳川家康は、諸大名の力をそいで、力関係を明確にするため、全国大名にヒゲを剃ることを命じましたが、加藤清正は、ヒゲを剃ることを拒否しています。
その言い訳は、
「生えていた方が面頬(兜を被るときにあごに付ける鉄のお面)がべたつかんで、さわりがええから生やしているんだぎゃ。それが武士ってもんだがや」
とのこと。

つまり、男のファッションは本来、「戦う準備は出来ている」という姿勢を示すものであり、戦い方によっておしゃれの流行が決まっていたというわけなのですよ。
私たちの背広の襟の切れ込みも、軍服の詰め襟を外に折り曲げたからあのように今も残っているのです。


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眉庇取り付け

みなさん、こんばんは〜。
先日の毛を植えた兜に、今日は額部分を付けますよ〜。

まず、眉を打ち出した「眉庇(まびさし)」を、サランラップを挟んで兜にリベットで打ち付けます。
私は額の真ん中3カ所と四つ角をリベット留めしました。

その後、額の部分のリベットの上にはシワをパテ盛りし、四つ角のリベットは出っ張りを削って、パテを盛って目立たなくします。

シワのパテ盛りは、ちょっと厚みが必要ですので、車の修理用の物が良いと思います。

シワの形を整えたら、下地剤を薄く解いたモノを塗りつけ、その上から黒い合成漆を塗ります。

始めに眉庇と髪の毛の間にラップを挟めてあるので、はみ出しはそれほど気にせずに作業できます。



いかがでしょう。黒い甲冑、カッコイイでしょ。
でも私の甲冑は、黒にするつもりはないのですよ。

ではなぜ黒を塗ったのか?
それはまた次回のお楽しみに〜。
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こまめに植毛。

みなさん、こんばんは〜。
ご無沙汰しておりました。
3冊目の絵本出版計画も、手作り甲冑も、着々と進んでおります。

今日は前回鉄板で打ち出した兜に、毛を植えます。

まずはDIYセンターから買ってきた大きな「トタン塗り用刷毛」をばらして、毛の束をスライスします。

この刷毛の毛は、中国産で、商品の材料名を見ると、豚の毛なのだそうです。
ただし、中国では豚のことを「猪」といいますので、もしかしたら訳しまちがえで本当は猪の毛かもしれません。

そして下地を塗った兜に、少しずつボンドを着けて、後頭部下側から上に重ねて貼り付けていくのです。





ポイントは、刷毛の束を出来るだけ薄く、そして細かくスライスして、一直線にならないように兜に貼っていくことですね。
それから必ず下地剤をぬること。
下地を塗らずにボンドを塗ると、錆びてしまうのだそうですのです。



で、貼り終わったら、百均で買ってきた髪透き用ハサミで、刷毛の段差を目立たないよう整えて、自然な感じにします。猪の毛は、白髪も混じっていて、なかなかいい感じですし、刷毛にも真っ白いものや真っ黒いものもあるので、白髪頭、トラ縞頭なんかも出来そうですね。

  ☆  ☆  

本歌(本物の甲冑)を見ると、実に色々な髪型があって、私の兜のようなボサボサオールバックの「野郎頭」の他にも、額部分のはげ上がった年寄りの頭を模した「尉頭(じょうとう)」や、ツッパリみたいに額両脇にそり込みを入れた「半首(はっぷり)」、相撲取りの頭を模した「力士頭」、ちょんまげを結った「総髪」、当時の幼児の髪型を模した「稚児形」など、さらにスポーツ刈りみたいな兜や、ロン毛の兜も存在します。
(ロン毛はかなり不気味です)

また、人間の頭以外でも、全身に毛を植え込んだクマの着ぐるみみたいな甲冑とか、猿の頭そのまんまのような兜もあります。

毛を植えると、乾燥と湿気を一定に保ち、鉄板に直射日光が当たらないので、兜が日光で加熱しないし、また鉄砲の弾や槍を滑らせる効能があるそうです。

しかも実際これを着て戦ったというのですから、命賭けになると美意識もブチ抜けて、感性が爆発するんでしょうね。

また、昔は、万が一、敵に首を切り取られて持って行かれても、その首が侮られることのないよう、兜には特に金をかけて立派に作ったのだそうです。

実際そういう立派な兜を被ったままの首級は「兜首」と言われて評価されており、これを討ち取り殿さまの元に持っていくと、兜でその武将を特定したとも言われています。

ちょっと生々しい話になりますが、死を覚悟した武将は討ち取られても死臭がしないように、兜に香を炊き込めるなど、死んだ後のことにまで気を遣っていたのです。

ちなみにこの兜、毛を植え終わったところで頭に被ってみたところ、家族大爆笑。あまりにマヌケで、写真をアップすると、有名作家になったときに、誰にどんなことに利用されるか怖いのでやめておきます。(笑)

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【胴】甲冑制作記

みなさん、こんにちは〜。


前回アップした鉄板の胴(前面)ですが、あの後もたたき出して、なかなかいい形に出来ました。
でも写真を撮っていなかったのが残念です。


今回は背中側の作成です。


こちらも0.5ミリの鉄板(ボンデ鋼板)を切り出して、先に作っておいた木型などを使い、バンバンたたき出します。


鉄板が破れないよう、必ず木槌や木の棒を使って打ち出します。
だから余計に力を使います。

鎧の胴


で、大まかな形が出来たら、後は小さなでこぼこをトンカチでならして、打ち出しは終了。


私はこの表面に、テーピングで補強しました。

鎧

実際の甲冑の場合、鉄板の上に麻布を貼り付けて「こくそ」と呼ばれるパテを盛り、その上に漆を塗ります。


医療用のテーピングは、貼った直後ははがせますが、3〜5年ほど経つとがっちり食いついて、もうはがれないので、私はこれを使ったわけですが、今考えてみると、この後に塗る下地剤がとても鉄板と相性が良く食い付きがいいので、テーピングの必要はなかったかも知れません。


で、この後に、左脇部分に蝶番を取り付けて、前胴と繋がるようにします。


  ☆  ☆  ☆

本物の甲冑(本歌といいます)を見ますと、実に変わったモノがあります。


私の作成している仁王胴の他にも、兜を含めて前進に熊毛を植えた熊の着ぐるみそのまんまみたいな甲冑も存在し、千石家の家臣・谷津主水という武将は、大坂の陣で猿の着ぐるみ甲冑を着て石垣によじ登り名を上げたという記録もあるのです。



当時はみんな奇抜な格好で、敵味方に自分をアピールして、手柄を見せつける工夫をしていたわけです。


あまりに目立てば、それだけ狙い撃ちにされたり、手柄を狙う敵方の挑戦者が多くなるし、卑怯な振る舞いや、かっこわるい逃げ方をすればこれまた目立つ。


甲冑は細かいところをよく見ていくと、「生きて帰りたい」、「手柄を立てて目立ちたい!」 という生への執着、武士の覚悟などが見える「晴れの衣装」で「死に装束」なのです。


中でも私が作っている仁王胴はかなりの威嚇効果があったらしく、迫力・グロさで右に出る甲冑はなし!


有名な武将では、あの山内一豊のお父さんが着用していて、現在に伝わっていますが、この具足を移動するとき、一豊顕彰会の歴史研究家の先生が、「不気味だからさわれない」といって、手を触れなかったのだそうです。(笑)


(ちなみに私が今使っているのは、画像の左「肩脱胴具足」です。)

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日本初!武者姿肖像画
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