甲冑マニアの制作日記

お絵かきと甲冑が大好きな「絵本作家ときたひろし」の、甲冑制作武録!

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甲冑の裏側拝見

みなさん、こんにちは〜。
私の絵本作家としてのブログで、「ホテル山の荘」というお宝ホテルをご紹介しておりますが、down
http://ehon.tokitahiroshi.com/?day=20100228
このホテル、実は甲冑好きには有名な隠れた名所なんです。

今日はこのホテルに所蔵の甲冑で、普段見えない甲冑の裏側をご紹介しますね。楽しい

実はこのホテルの甲冑展示室は拝観無料で、しかもガラスなどの仕切りがないので、鼻息がかかる距離まで接近してなめるように鑑賞できるのです。

しかも私はもう何度も通いつめているので、フロントのお姉さんから「おさわり御免」を頂いております。楽しい

そんなわけで、普段は見ることの出来ない部分までちょっとめくってみたりすると、いろんな発見があるのですよ。見る

たとえばこちら。




豊臣秀吉公が梶原家に下賜した甲冑だそうですが、すでに色あせていて、紐が白っぽくなっています。
でも、草摺を裏返してみますと、ほらこのとおり、

平紐は昔の色をとどめていて、鮮やかな朱色です。
どの博物館にある甲冑も、今は色あせて落ち着いた雰囲気を持っていますが、出来た当時、絹糸は蛍光色に近い派手な色彩を発しますから、かなりケバケバしく目立っていたでしょうね。

こちらの甲冑の野郎頭兜は眉庇(額の部分)が、ちょっと珍しく絵革と鋲で飾られていて、上記のものより新しいような気がしますが、胴は実戦期のものと同じ特徴を持っています。



この袖も、ちょっとめくってみましょう。


組み紐(糸)の下になって見えない部分には金箔を押していないんです。
これなら全体が金色に見えますが、金箔押しが鉄板の半分の面積だけですむので、経済的。
余計なところには金をかけないんですね。

さらによく見ると、板の部分は表面に段々が付いているのに、裏は平らです。
この表面の段々の盛り上がりは飾りで、小札(こざね)を古来どおりにつづり合わせたように見せるため、パテ(当時はコクソといいます)をもりあげてそれを再現した「なんちゃってテクニック」なのです。
実際に鉄砲が使用され始めると、小札をつづり合わせるより鉄板一枚のほうが丈夫なのですが、小さな見栄えにもこだわっていたのです。

こちらはまた別のなんちゃってな表現方法。
江戸後期くらいの飾り甲冑です。

鉄板の上にパテを盛り上げるのではなくて、裏から打ち出した薄い鉄板の裏側に補強をかねてパテを埋め込んでいます。

これなら剥げ落ちてもバレません。
手にしたときの質感もそれなりにあります。
ただし薄い鉄板に縦線の打ち出しをするので、衝撃耐久性は落ちます。
飾り甲冑だから、これもありなのでしょうね。

では、室町以前の本格的な作りにこだわった甲冑はどうなっているかというと、

江戸時代の復元品ですが、これは古来どおりの本小札

小札をつづり合わせているので、裏にも凸凹が出ています。
しかも見えない部分なのに金箔まで押していますびっくり

戦もない時代、鉄砲に弱い前時代の甲冑を、本格的にこだわって金をかけて作らせるなんて、相当お金持ちのお武家様だったようですね。

甲冑は武士の「晴れの衣装」「死に装束」。
だから目いっぱい目立っていたい。でも、無駄なお金は使いたくない。
戦がなくなっても、武家であることを示したい。
甲冑をめくると、当時の武士の悩みが見えるような気もしますね。嬉しい
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自作武者、集結!

みなさん、こんにちは〜。
大変ご無沙汰しておりました。
ちょっと引きこもって原稿を書いておりました。楽しい

さて今日は、先日作った旗指物を装着しての出陣です。
場所は、埼玉県行田市忍城まつり
もう去年の話ですみません。

このお祭りは自前甲冑武者が出陣する、日本でも一番最終日のお祭りなので、全国から総勢25人前後の自前武者が終結するのです。
しかしそれほどの大人数で集合しながら、実にゆったりまったり。
初心者にも優しい武者祭りです。

そんな中にあっても、参陣の武者は戦国期同様、目立たねば「地域を盛り上げる」という手柄が示せません。
本当は諸将方々全員をアップしたいところですが、本日はその「自前武者」の中でも「自作武者」の一部をご紹介。

まずは、今回は大きな前立てを自作して参陣!のホルニッセさん。

この甲冑はホルニッセさんの特注で、名古屋の甲冑師の熱田伸道先生がお作りになられたもの。
http://www.j-armor.com/ogawa/page_company.html
見所満載のこだわりっぷりが、マニアの目を釘付けにしますね〜。
大きな前立てと最上胴、この組み合わせは上杉家中とお見受けいたし候。

こちらは、鹿角の兜に赤備の昴さん。

兜から垂れる白の「引き廻し」が幽玄さをかもし出しています。
この毛は、麻紐をほぐして毛糸紐に縫いつけ、兜鉢に結着したもの。
その日の気分で取り外し可能です。

さらに、違い鎌さんは、自作FRP「燕尾形兜」

これはすごい。びっくり
この前衛的デザイン、アニメやゲームからではなく、実は蒲生氏郷公所用の後、南部家に伝えられた実在の兜の写しなのです。

こんな諸将方々と同陣しては、遅れを取る冷や汗
でもご安心を。
自前武者中、指物を指しているのは、それがしのみ。ぐっふっふ。

その旗指物使用の感想は、また次回に〜。
作って、使ってみないとわからないものですね。
どうぞお楽しみに。楽しい
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馬手差グレードアップ

みなさん、こんにちは〜。
今日は馬手差桃山チックに改造します。
まずは、買ってきた状態の短刀をご覧ください。
私が購入したのは、こんな短刀でした。↓楽しい



まず、柄(握り)の柄巻き(平紐)の間から菱形に見える下地の鮫革が、白でしょ?
血なまぐさい話ですが、相手に突き刺す武器ですから手元まで血まみれになってしまい、白の鮫革は血でふやけて柔らかくなってしまうので、柄巻きが緩んじゃうんですよ。冷や汗

だから当時のものは、この鮫革に必ず黒か茶色の漆を塗っていたのです。

さらに、商品は鞘(さや)も真っ黒ですが、安土桃山時代は大柄なデザインで豪華絢爛を競った時代。
短刀に限らず、太刀も打ち刀も、個性的なものが多いのです。
今販売されている一般的な摸造刀や短刀類は、ほとんどが江戸時代の「家康公好み」ですが、これは天下を統一した家康が質実剛健を旨としていたこと、また、諸大名の個性化、自己主張を抑圧するために、特に自慢の対象となった刀剣類の拵えを厳しく制限した影響なのです。

(豊臣政権がそのまま明治まで続いていたら、日本は今よりもっと華やかな文化を持ったことでしょうね。)
だから、この鞘も、金具類もほとんど作りなおします。

まずは拵え金具(かしら:刀の柄の先端)と、プラスチックで作られていた鯉口(こいくち:鞘の入口)、それからもろに江戸っぽい、角を切り落とした栗形
(くりがた:鞘と緒をつなぐ出っ張り)を、水牛の角を削り出して作ります。

水牛の角は、ハンズで買うと高いのですが、田舎の骨董屋さんに行くと、かつて金持ちの部屋にかけられたりしていたようなこんな感じのもの↓が、

ほこりを被って、一本1500円!で売られていたりします。
(画像はヤフオクより拝借)

但し、ものすごく固いですし、電動糸ノコできると、何ともイヤ〜なにおいがするんです。
がんばって切り出し、ベルトサンダーやサンドペーパーで形を整え、ドリルで穴をあけて作りました。

ここのところ、写真を撮っていなかったのですみません。

鞘は表面を少し削って、角から削り出した鯉口をはめ、金糸を巻き巻きします。さらにその上から、合成漆を何度も塗っては乾かして、塗り固めます。


刀身側は、柄巻きをほどいて、取り付けた頭(かしら)と鮫革に黒漆を塗り、革紐をこんな風に↓巻いて、

http://www.n-p-s.net/tsukamaki-1.htm

その上から再度透き漆を塗りました。


完成したのが、こちら。↓





もう、元の面影もありませんが、桃山チックになったでしょ?
実物は鞘の金糸がきれいなのですが、デジカメに撮ると金糸の細かな輝きの連続と画素が重なって、ガタガタに見えちゃいますね楽しい

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でた。中華具足。

みなさん、こんにちは〜。
今日はいつもの甲冑づくりのお話ではありません。
made in China具足を見つけました。びっくり
説明文の一部が中国の簡体字になっていたので判明。
文章は日本人が編集しているようでした。

http://page13.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/r59426060

このほかにも何点か出品されていましたが、今は消えています。

私は最初、日本の丸武産業(大河ドラマ登場甲冑の9割を占め、昔ながらの分業制で甲冑を作る大手甲冑工房)さんの新作かと思いましたよ。

http://www.yoroi.co.jp/

それほど全体のスタイルが似ています。

でもよく見ると、このブログをいつもご覧の皆さんなら突込みどころ満載のお笑いネタともいえるでしょう。

なぜ、鉄板の合わせ目ではないところに大星の鋲を景気よく打つのか?しょんぼり
これじゃ鉄板を固定できないでしょが!

胸取、腰取の毛引き威しが、なぜ引き出したところと同じ板札の穴に入ってしまうのか?しょんぼり
作りやすいからって勝手に変えるなよ!

当世袖の笄金物がなぜ威し下げる方の糸に打たれているのか?冷や汗
糸が切れちゃうじゃないか!

もうこれ以上、突っ込む価値がありません。
頭形の流線型のライン、胴の丸みなどはそれなりにいい形なのですが、
全く甲冑の仕組みを理解していない人が作りやすくかっこよく(?)コピー&アレンジしたことが分かります。

コピーされたのはズバリこちら↓、丸武さんでしょう。

http://www.yoroi.co.jp/syouhin/l046.html

・・・・・コピーするならもっとちゃんとやりなさいよ。撃沈

手作り甲冑は、ボール紙でも、プラスチックでもいいんです。
制作者それぞれの思いが込められていますし、本物から写そうとした段階で本物を学んでいて、制作者の皆さんが研究して作った努力の結晶なのですから。

全国各地にある紙製手作り甲冑教室は、もっともっと増えて欲しいし、そう言う皆さんにはどんどんお祭りに参加してほしい。
私だって素人の手作り甲冑ですし、突込みどころ満載ですから(笑)

しかし、無知で安価な労働力を使って作り手の都合で作ったこの中華具足は、丸武さんを写して勝手なアレンジを加えただけ。
厳しいことを言いますが、命を守り家運を賭けた本歌(本物)への畏敬の念がありません。

中華具足は、自宅に飾ったり、ファンタジーコスプレとして、未来の霊界さむらいごっこをする程度ならいいでしょう。

命のやり取りをした歴史に根ざす時代祭に、これを着て今話題の歴女狙いで参陣するにわか侍などいない!と信じたいものですが、いたとしても、そんな御仁に、私は何と声をかけていいかわからない。

まあ、これも「個人の自由」「表現の自由」でしょうか?
趣味にまでこんな記事は書きたくなかったのですが、お祭りに参加する以上は「見られる責任」を持ってほしいものです。しょんぼり
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右脇に差す馬手差

みなさん、こんにちは〜。
甲冑も旗もほとんど出来たことですし、次は武器類に凝ってみましょうか。
というわけで、今日は馬手差(めてざし)グレードアップします。楽しい

馬手差というのは、右側に装着する短刀の一種です。
生半可に知識のある人は、この短刀を、「負けたら切腹するとき使う刀」なんて言いますが、最初から切腹する予定でいくさ場に出る武士はいません。困惑

まずなぜ「馬手差」と呼ぶのかというと、昔は「右手」「左手」ではなく、弓を持つ右手を「弓手(ゆんで)」、馬の手綱をとる手を「馬手(めて)」と呼んでいたのだそうです。
その「馬手」側に差す短刀だから、「馬手差」なんです。


 ↑この真正面に横に指している黒い短刀が、馬手差です。

なぜ「馬手」側に差すのかというと、これまた意味があるのです。
敵と出会い格闘する場合、接近戦では最終的に取っ組み合いになることが多いわけですが、そうなると長い刀より、片手で刺す短刀のほうが有利。

この短刀を刀や太刀と同じ左側に差していると、前にある相手の胴が邪魔になって抜けないのですよ。ショック
だから正面に横に指したり、馬手、つまり右側に柄を後ろにして装着し、引き抜いてそのまま突き出せば、相手に気付かれず、邪魔にならずに、組み合った相手の甲冑の胴と草摺の間の弱点である「揺るぎの糸」付近に刺すことができるのです。

ついでに申し上げると、太刀や打刀は、実戦ではあまり使われなかったようです。
なぜかというと、このころには槍が増産されていて、刀では槍にかなわなかったからです。

刀を抜くのは、他に手に取る長柄武器がない末期的な場面か、武器を振るえない逃げる相手を追う時くらいだったようです。

昔の屏風絵にはよく刀で打ち合っている場面も描かれていますが、甲冑を見ると全く違う時代のものを描いていたりすることから、絵師が必ずしも実戦を知っているわけでもなく、また現場を見てかているわけでもないのです。

むしろ、後世に殿様の注文に応じて、身近に見ることのできない甲冑武具類、合戦の様子を書いているのが普通ですから、これらの合戦屏風絵などはあまりあてにはできないそうです。

太刀や打刀はどんなときに使うかというと、切羽詰まったとき以外は、倒した相手の首を切り取る時に使うのがほとんどだったそうです。
敵は甲冑を着て動きまわりますので、マンガのように一発で首を切り落とすことはまずないのですよ。

鎧の隙間を攻撃し、倒してから首を切りとるのです。
短刀では手元を血で汚し、後の活動に手が血で滑ります。
一刻も早く切り取らなくちゃ自分が危ない。
そこで、手と足を使って押し切る技が古武術に伝わっています。

甲冑武者は一見華やかですが、そんな血なまぐさい戦の装いである事実も伝えつつ、先祖の苦労をしのびたいというのが、私の参陣スタイル。
華やかな面だけでは、単なる気合の入った鉄板コスプレになってしまいますからね。

さて、この馬手差、買ってきたままを指してもいいのですが、実戦甲冑の時代背景を考えると、ちょっと時代がズレているのですよ。
買ってきたときは、こんな感じですが↓


(画像は鎌倉の山海堂さんから拝借
 http://www1.kamakuranet.ne.jp/sankaido/)

これを、実戦期の実用的短刀に作りなおします。
どこが違い、どう直すのか?
それは次回のお楽しみ。楽しい

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指物背旗、完成!

みなさん、こんにちは〜。
前回旗を作りましたので、今日は、旗竿を作ります。楽しい

旗竿には、縦の竿横手の2本が必要です。
長さは自由で、高いほど目立ちますが、城門をくぐるときに引っかからない程度が理想でしょう。

私の「と金」の旗は、縦が約90センチですから、これに胴背面に取り付けた合当理と待ち受けの間の長さ(60センチ)がプラスされますが、普通の背旗はその底辺が兜の中ほどに来るようですので、合当理からさらに15センチほどプラスしますと、全体で約160〜170センチの長さが必要です。

さらに、横手の棒も必要ですが、これは旗が幅60センチですので、70センチもあればOK。

材質はDIY店で売っている細い竹竿が一番軽くてしなやか、竿も横手も1本80円くらいで売っていました。グッド

さて問題は、この竿と横手をどうやって直角に連結するか、です。
本を読んで調べてみますと、「たくさんの方法があった」としか書いていないので、全くわかりません。しょんぼり

逆に考えれば、当時存在した加工技術なら、何でもアリ。ひらめき
私はDIY屋さんで見つけた銅パイプを使いました。

待ち受けに使ったT字銅管の、一回り小さいやつです。

胴本体に付属する「締繰緒の環」のような高度な技術を必要とするパイプも作られていたことですから、単純に直角に交わる銅管などもあったはず、ということで。

Tの字の横棒の部分を竿に通し、縦の部分に横手の先端を差し込んでみたのですが、これがちょっと短いので、横手はこのT字銅管に銅パイプを切ったものを差し込んで固定します。



上にわずかに飛び出した竿の先端には、金箔押しにした小さな瓢箪などの「ダシ(小さな飾り)」をつけることができます。後で作りましょう。

では早速、これに旗と竿を通して、装着してみましょう!

旗の状態を見るだけですので、ちょっと間抜けですが普段着の上に胴を着用して見ました。楽しい


うむ、上出来ぢゃ。
兜のシコロも竿に干渉しません。

参陣諸将皆々、金襴緞子の具足羽織にて武者振りを競う中、背旗を指せるは、それがしのみ。
後は祭りで皆の度肝を抜くだけよ、ぐっふっふ・・・。チョキ



もうご主人さまにはついていけないにゃ〜


猫が何と言おうとも(妻もそう言っている)甲冑マニアの絵本作家ときたひろしは、このまま走り続けます。

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合当理、待ち受け装着

みなさん、こんにちは〜。
今日は甲冑の胴の背面に、先日作った「合当理」「待ち受け」をつけましょう!楽しい

合当理は、蝶番の穴に合わせて、銅の背面にも3つの穴をあけ、手芸用のポッチ(正式な名前が何と言うのかわかりません。ビス?しょんぼり スナップなどをつけるのと似たような部品です)で止めます。

こんな感じです。



穴の部分と、背骨が合っているので、一部分だけがぶつかって部品に負担をかけることがなく、我ながら見た目にもグッド。

そして、下の「待ち受け」は、革に綿をつめた座布団を作り、胴本体に穴をあけて、座布団ごと革紐で固定します。



最初は座布団なしにして、ビスで直付けしようと思ったのですが、旗の角度や揺れ、または転倒した時に、根元の待ち受け取り付け部分に負担がかかりそう。
胴背面の取り付け部分にひびが入っては悲しいので、やっぱり座布団を挟みました。


本来はこの合当理と待ち受け以外にも、旗竿を入れる受け筒があるといいのです。

これは、合当理から待ち受けまでの長さの四角い筒で、合当理にこれを差し込んだ後、ここに指物の竿を差して筒全体で竿を支える装置。
風向きにあわせて可動しながらも、飛び跳ねても抜け落ちなくなるのです。

この受け筒の下端を待ち受けに入れて固定するものと、受け筒をそのまま背面の座布団で結び付けるものがありますが、これは小さい待ち受けだけで竿の下端を抑えていると、動いているうちに抜けやすいからです。

ちなみに座布団に結びつけるタイプはこちら。
オークション画像から拾って参りました。


私の場合、竿の下端に紐をつけて結着するなどの独自の工夫が必要ですね。

次回は、旗竿を作って、旗を指してみましょう。楽しい

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「と金」の旗です。

みなさん、こんにちは〜。
今日は指物(背旗)を作ります。楽しい

これは大きさは特に決まっていないそうですが、自身指物で「四半」の指物と言えば、縦横比率3対2です。

私は縦90センチ、横60センチにして、袋縫いにするため、これより一回り大きく布を切り出しました。

旗には普通、「乳(ち)」という、旗竿を通す輪っかがついているのですが、当時はこれを簡略化して、旗の竿を通す部分を袋縫いにしたものもありました。

こっちの方が作りやすそうですし、旗竿を通す時にも楽ちんです。グッド

旗のデザインは、将棋の「と金」です。

ときた「と」と、敵陣に攻め込んで成り上がる一兵卒の心意気を示しつつ、なんか金運が上がりそうではありませんかお金ラブ(笑)。
しかもとてもシンプルですので、遠くからも目立ちます。

実戦期のデザインは、旗も兜の前立ても、陣羽織のデザインも、技巧に凝るより、大胆な構図で大ぶりなものが多いのですが、これはなにより遠くからも目立つためのものなのです。

と金の駒は、金糸で織った薄手の布を買ってきて、将棋の駒の形に2枚切り出し、裏表双方からずれのないように、角をちょっとだけ木工ボンドで止めて、表裏の駒と旗地を同時に縫いつけます。
表裏一発縫いはちょっと難しかったですよ。

さらに、バランスを見て、「と」の字を入れましたが、なんと、ワシン合成漆が金糸にはじかれて塗れないのです。冷や汗
(将棋の駒の金地の部分を、布に金箔を押すか、金箔押の和紙を使えば、問題なかったかも。)

仕方がないので、との字は油性ペンで塗りますが、陽に透けるとペンの塗り跡が縞々に映りますので、何度も何度も重ね塗りします。しょんぼり

もしかしたらこれも黒い布を切り抜いて張ればよかったのですが、そうすると旗に5枚の布を重ねることになりますからね。
また金糸の駒の布地から、との字を切り抜いてもいいのですが、との字は左右対称ではないので、切り抜いた字の縁を縫い付けると、裏側にまで出てしまいます。
逆に、文字ではなく左右対称の家紋などの場合は、しっかり重ねれば切り抜き縫い付けも可能ですね。

で、完成したのが、これ。down


悪そうですね〜、この色合い。

白地に金のほうがさわやかですが、白と金の組み合わせでは目立ちませんからね。

ちなみに、旗印は、一度決めたら一生変えないのが決まり。
変えてしまうと、その旗印にまつわる武功が認識されなくなるからです。

お祭りでこの旗を見かけたら「と金のときた」とお呼びください。

市販の甲冑にも、背旗を立てる合当理や待ち受けの装置が付いているものも多いので、自前甲冑武者の皆さんもチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
簡単に作れますし、きっとお祭りがより華やかになって、盛り上がりますよ。楽しい

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武者は背中で語る。

みなさん、こんにちは〜。
さあ、指物を作りましょう!
まず今日はその「指物」のお話から。


指物というのは、大人数での集団戦が中心だった室町後期ころから生まれたらしく、その所属をはっきりと示して同士討ちを避けるための個人用旗印だったのですが、特に手柄のあった勇猛の士については、その個人だけの「自身指物」が許されていました。

そこでひとかどの武将は、戦場で自らを敵味方にアピールするため、旗に限らず、しましまの鯉のぼりのような「蛇袋(じゃぶくろ)」「吹き抜き」をつけたり、帆かけ船のように莚(むしろ)やすだれを張り掛けたり(これは後ろに続く味方の視界を妨げるので、迷惑だったかも)旗の代わりに纏や提灯を背中につけたり、さらに大きな張り子の将棋の駒などを作ってみたりもしています。

大河ドラマをはじめとする時代物番組や映画では、最近は幌くらいはつけた武者が登場しますが、これらの個性あふれる武士団を再現していません。

こんなのを背負った皆さんが勢ぞろいすると、後ろの軍勢がフレームに入らなくなって奥行きがなくなるからでしょうね。しょんぼり

さて、この「自身指物」を作る時、まず私が考えたのは、携帯運搬に便利なこと。

時代祭であちこちに転戦参陣するなら、荷物は少しでも軽く小さい方がいいのですよ。
この段階で、張り掛けの指し物は却下。

さらに、参加武者全員での撮影を考えると、横に広がった幌や吹き抜けも却下。
そもそも指物をつけている武者自体ほとんどいないので、そんなのつけて参加したら、地元参加者や主役を食ってしまいます。困惑

そうなると残っているのは、背旗ですが、旗にもいくつか種類があるのですよ。

一般的な縦長の旗の他、正方形の旗もありますし、旗のふちを短冊状にしてヒラヒラにした「切り裂き」、よく映画にも登場する、背中にとがった三角形の旗をつける「撓(しない)」というものもあります。

このは、細くてしなった竹竿に長い三角形の旗を指してなびかせるので、横棒が不要ですし、木やの木に引っ掛かってもビヨヨンとしなって外れるので、実戦期には流行したようですが、細長い三角形ですからキャンパスとしては狭く絵柄も小さくなり、目立ち度は今一つ。しょんぼり

ということで、私は縦長の比率が3対2の「四半」という普通の旗に決定!

次回はその制作をお伝えしますね。楽しい

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革包金白檀の板合当理(いたがったり)

みなさん、こんにちは〜。
今日は、「合当理(がったり)」を作ります。

合当理は、指し物を甲冑の背面に支える装置で、鉄棒を加工して作ったものは「蜘蛛の手」ともいうそうですが、走ると背中でガッタリガッタリ言うので、これに当て字がついて「合当理」と書くのだそうです。

鉄で作る「蜘蛛の手」は、採用されている合当理の中でも一番多いのですが、これは個人で作るのはほとんど無理。
鉄棒を叩いて溶接しなければいけませんが、私にはさすがにそういう技術はありません。
そこで、今回は「板合当理(いたがったり)」を作ります。

ただ、私の胴は仁王胴で、背中の取り付け部分は肩甲骨や背骨の打ち出しがあって、凹凸が激しいので、板合当理では落ち着きが悪いのです。
本歌の仁王胴をいくつか見てみても、ほとんどは「蜘蛛の手」が使われていていますね。

板合当理を着用しているのは、伊達正宗公の五枚胴です。
ただ板に穴をあけただけでなく、波型に模様をつけたおしゃれな合当理です。

そんなオリジナリティあふれる合当理が実在するのですから、私も工夫してみました。楽しい

まず5ミリ厚の合板に、背骨の凹凸に合わせた穴をあけ、肩甲骨の間に収まる幅に切り出して、金箔押しの革を表裏に接着。



そして切り出します。



これに手芸のリベットで蝶番(ちょうつがい)を取り付けます。



さらに防水のため、ワシン合成漆の「透明(淡黄)」を2回ほど塗ると、兜後立ての日輪と同じ金色そっくりになります。グッド

この色の組み合わせ、塗った直後は金箔と全く色が違うのですが、時間がたつとそっくりの色になるのです。
本歌で言う、「革包み」の「金白檀塗り」と同じですね。

胴背面の取り付け部分にも蝶番の穴の位置にドリルで穴を開けます。
(普通は板合当理は革ひもなどで取り付けられています)



やっぱりこういうのは、完成してから穴をあけるより、製作途中で計画的に加工したほうがいいですね。

次回は、指物(旗)を作りましょう!楽しい

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